原発がどんなものか知ってほしい
『原発がどんなものか知ってほしい』について
早野教授のまとめ
Sonntag, März 13, 2011
Samstag, Februar 19, 2011
ソル
ソルは古代ローマの太陽神である。特に、2世紀以降用いられた形であるソル・インヴィクトゥス(羅:「敗れざる太陽」、しばしば不正確に「敗れ得ざる太陽」とも)として有名。ソルはギリシャ神話におけるヘリオスに対応しており図像学的にも一致を見せるが、ギリシャ神話からとられたものではなく、独自の起源を持っている。
共和制時代
ローマにおいて既に共和制時代に、非常に古い起源を持つと思われる太陽信仰があり、自称するところではロムルスによるローマ建国に遡るもので、伝説上のサビニ王ティトゥス・タイタスによって導入されたとされていた。古代ローマの太陽神はソル・インディゲス(「当地の太陽」)と呼ばれ、月神ルナとともに尊崇されていた。この二柱の神々には密接な関係があり、2月28日には共同の祭日を祝われるチルクス・マッシモに共同の神殿を持っていた。それと並んでソル・インディゲスはクイリナーレにも専用の神殿を持っており8月8日と9日に敬意を表されていた。下層民の間で人気があった。神話においてはソルは登場しない。ヘリオスもまたギリシャ神話には特定個人として登場しない。ローマ共和制時代の末期になって初めて太陽神の人気は上昇してきた。
帝政初期
太陽がその光によって全てを明るみに出すのと同様、太陽神からは何も隠し通すことができない。ヘリオスは「全てを見通す者」であり、ここから全知の者、悪事の証人とされた。この性質はソルにも顕著に見られ、1世紀には既に、皇帝を危険から守護するという新しい非常に重要な任を負っていた。ネロ帝に対するピソの陰謀が露見したのはソルの加護に帰され、謝意を表す特別の犠牲が捧げられた。ウェスパシアヌス帝は75年にこの神に巨大な神像を奉納し、ソルは支配者の守護神となっていった。トラヤヌス帝とハドリアヌス帝の治下では皇帝鋳造の硬貨にその姿が見られる。ソル・インヴィクトゥスの名は158年にある祭壇の碑文に Soli Invicto Deo として刻まれているのが最初だと確認されている。それとは別に太陽神ミトラスの別名として1世紀には既に Sol Invictus Mithras として現れている。
西方とオリエントの太陽信仰
ローマのソル及びギリシャのヘリオスとは別に、シリアの町エメサでは非常に古い独自の太陽神エレガバルが信仰されており、この地の住人によって熱心に崇拝されていたらしい。セプティミウス・セウェルス帝の皇后にしてその後継者カラカラ帝の母であるユリア・ドミナはエメサのエレガバル神官の娘であった。このセウェルス朝の皇后の下でソル・インヴィクトゥスへの信仰は高まった。セプティミウス・セウェルスは自らと皇后の姿を太陽の表象(光芒状の冠)と月の表象(半月形)と共に硬貨に刻ませ、帝位を譲ろうと考えていた二人の息子たち、カラカラとゲタにも太陽の象徴を用いた。太陽との関連付けは何よりまず星辰の永遠性(aeternitas)を示そうとしたものであり、王朝の支配は太陽と同じように永続すべきものとされていたのである。
ユリア・ドミナの姪の子、ヘリオガバルス帝はエレガバル神官であり、エレガバル信仰をローマにおける国教として導入した。こうして一時的に従来のソル・インヴィクトゥス信仰とエレガバル信仰(碑文では Invictus Sol Elegabalus という表現が確認されている)は混淆された。(メッカのカァバにも似て)神が天上から下賜したとされる聖なる石がローマの大神殿エレガバリウムに届けられた。しかし多くのローマ人はこのシリアの宗教を拒絶し、222年のヘリオガバルス暗殺によってこの形式の太陽信仰はローマから消えた。聖なる石はエメサのソル=エレガバル神殿に送り返されたが、従来の太陽信仰は保持された。
しばらくの間はソル・インヴィクトゥスはソル・インディゲスとは違ってオリエントからもたらされた神格であり、その起源はエレガバルと同じであるという見解もあったが、後には十分な根拠から今日広く確信されている通り、ソル・インヴィクトゥスもまた古代ローマのソルであると考えられている。エレガバル信仰は非ローマ的でソルとは無関係と思われる特徴を備えており、ソルとエレガバルのある種の混淆はおそらくは単にエレガバル信者によって行われたものであった。その影響が後のソル・インヴィクトゥスに残っていたかどうかについてははっきりとしない。両者のはっきりした違いのひとつは、エレガバル信仰は皇帝崇拝と混淆しなかったが、ソル信仰は混淆したという点である。既にカラカラ帝の時代には碑文に Sol Invictus Imperator という表現が見られる。ヘリオガバルス帝はその名に反してエレガバルと自称することはなく、これはその死後に彼の批判者によって初めてそう呼ばれたものである。しかしエレガバルという神格も忘れ去られることはなく、帝位僭称者ウラニウス・アントニヌスは254年に至ってなお、鋳造した硬貨に聖なる石の画像を刻んだ。
ソル・インヴィクトゥスもまた人気を保った。ゴルディアヌス3世(238-244)は自らの支配と太陽信仰との結びつきに特別な価値を置いていた。ここに支配の正当性があったため、メダルには彼が太陽神から世界支配の象徴として、またセウェルス朝で強調されていたのと同様の永続的支配の企画として、地球を受け取る様が描かれている。このソルを世界支配の保証人とした地球譲渡というモチーフは後の支配者たちによって踏襲された。特徴的なのは皇帝が神と同じ大きさで描かれていることであり、これ以前は人間を神より明らかに小さく描くことが普通であった。ゴルディアヌス3世とその助言者たちは神と皇帝の同等性をさらに強調していった。自らの支配の開始を日の出に例えたのであり、暗い夜のあとには新しい光輝あふれる幸福の時代が始まるというのである。支配の開始を日の出に例えることは既に1世紀には皇帝の自己表現において一定の役割を果たしていた。
硬貨鋳造にあたって太陽神を invictus と表記することはガリエヌス帝の治下に始まる。ソルの勝利ある者としての側面はその後の時代になるとさらに強く前面に出てくるようになる。
Donnerstag, Februar 17, 2011
なんかアゴがとがりすぎなのが多くて
日本で壮行会をしてもらったとき「最近の日本のアニメか・・・、なんかアゴがとがりすぎなのが多くて見る気がしないんだ」って言ったら宮崎さんが「けいおんいいですよ!とりあえずアゴは丸いです!」って言ったけどもう見てますとは言いづらかった。りっちゃんがドラムやだとか言い出す回が好きだった
Montag, Februar 14, 2011
Samstag, Dezember 25, 2010
every time a man smiles,
I live in a constant endeavour to fence against the infirmities of ill health, and other evils of life, by mirth; being firmly persuaded that every time a man smiles, - but much more so, when he laughs, that it adds something to this Fragment of Life.
ピット閣下
小生は常におのが病苦と虚弱さ、その他の凶事に対して陽気さで対処して参りました。小生の確信いたしますところでは、微笑みあるところ常に(それが哄笑となればなおのこと)、この束の間の人生に何がしかを加えることになるということでございます。
Donnerstag, Dezember 09, 2010
Dienstag, Dezember 07, 2010
Gutenberg Project の 『ナイトランド』
William Hope Hodgson "The Nightland"
Montag, November 08, 2010
カプセルホテル nine hours
http://9hours.jp/tops
京都に行ったら泊まってみたいカプセルホテル
Freitag, Oktober 08, 2010
Montag, Juli 26, 2010
またあるとき「唯円房は
またあるとき、「唯円房はわがいふことをば信ずるか」と、仰せの候ひしあひだ、「さん候ふ」と、申し候ひしかば、「さらば、いはんことたがふまじきか」と、かさねて仰せの候ひしあひだ、つつしんで領状申して候ひしかば、「たとへば、ひとを千人ころしてんや、しからば往生は一定すべし」と、仰せ候ひしとき、「仰せにては候へども、一人もこの身の器量にては、ころしつべしともおぼえず候ふ」と、申して候ひしかば、「さては、いかに親鸞がいふことをたがふまじきとはいふぞ」と。「これにてしるべし。なにごともこころにまかせたることならば、往生のために千人ころせといはん に、すなはちころすべし。しかれども、一人にてもかなひぬべき業縁なきによりて害せざるなり。わがこころのよくてころさぬにはあ らず。また害せじとおもふとも、百人・千人をころすこともあるべし」と、仰せの候ひしは、われらがこころのよきをばよしとおもひ、悪しきことをば悪しとおもひて、願の不思議にてたすけたまふといふことをしらざることを、仰せの候ひしなり。
Montag, Juli 12, 2010
Vorname meiner Bekannten
克里斯蒂(Kristi)
卡斯滕(Carsten)
約瑟夫(Josef)
Dienstag, Mai 25, 2010
独学でドイツ語検定のB2を取る
はじめまして、
あるドイツの大学で勉強したいなと思ってるのですが、そこは入学に際し、ドイツ語検定B2を取得済みでないと入学できません。
しかし、ボクはドイツ語をならったことがなく、全くできません。
先日、語学学校に行って話しを聞いてきたのですが、授業料が高いので、一人で勉強できないかな、と思っています。
しかし語学学校の方から、参考書を勉強するだけではドイツ語検定には受からないと言われました。
やはり独学では無理なのでしょうか?
もし独学に適した参考書、また辞書などございましたら、教えてもらいたいのですが。
よろしくお願いします。
あるドイツの大学で勉強したいなと思ってるのですが、そこは入学に際し、ドイツ語検定B2を取得済みでないと入学できません。
しかし、ボクはドイツ語をならったことがなく、全くできません。
先日、語学学校に行って話しを聞いてきたのですが、授業料が高いので、一人で勉強できないかな、と思っています。
しかし語学学校の方から、参考書を勉強するだけではドイツ語検定には受からないと言われました。
やはり独学では無理なのでしょうか?
もし独学に適した参考書、また辞書などございましたら、教えてもらいたいのですが。
よろしくお願いします。
まず、B2というレベルのことなのですが、ゼロから初めるならけっこう時間はかかりますよ。いわゆる「日常会話」レベルじゃなくて、専門分野について議論でき、(文法的に完全でなくとも)レポートなども書けるレベルです。周りになにもドイツ語学習を促す環境がないまま一人で勉強するのは難しいです。
>やはり独学では無理なのでしょうか?
独学というのが、書いておられる文字通りに「一人で勉強」するという意味ならほとんど無理だと思いますが、なるべくお金をかけないで学習したいというのであれば、いろいろ方法はあるでしょう。例えば、最初はラジオドイツ語講座の番組とテキスト(月1冊300円くらい)で、アルファベットや挨拶・数字のようなものだけはおさえて、それから夏期休暇の間に語学学校の短期のコースに通うなどすると節約になると思います。僕が大事だと思うのは参考書や辞書を探すことではなく、誰かドイツ語のできる人またはドイツ語を学習している人を見つけて、そういう人の「学習のやりかた」を真似する・自分なりにアレンジするということです。
>もし独学に適した参考書、また辞書などございましたら
独学向けというものはありませんが、
Mittwoch, Mai 19, 2010
Montag, Mai 17, 2010
Sonntag, Mai 16, 2010
Freitag, Mai 07, 2010
接続法について
接続法について 「つもり」「はず」「~ということにしておく」
「接続法 Konjunktiv」の「接続」とは「非現実を現実の発話に接続する」という意味で、話者が述べる事柄が話者自身の本来当然と考えることと異なるという仮設を動詞の活用によって表している。I式は主に間接話法に用いられ伝聞を表す。II式は仮定話法に用いられ、非現実の内容を想定するのに用いる。
I式:語幹にe+人称変化語尾 *一人称単数と三人称単数は語尾なし
II式:過去基本形(語幹にteをつける)にI式と同じ語尾。語幹の母音がウムラウトできればウムラウトする。
仮定話法(約束話法・非現実話法とも)
一般に、接続法II式を用いた仮定話法の文は、「wenn(もしも~なら)」で始まる条件節とその帰結「~だったろうに」を意味する帰結節の二つひと組で成る。どちらの節の動詞もII式を用いる。
Wenn ich mehr Geld hätte, wäre ich glücklich.
Wenn ich Zeit hätte, ginge ich ins Theater.
動詞の倒置でwennで始まる条件節を代用することができる。
Wäre das mit der Katze nicht gewesen, hätte ich sie alle allein gekriegt.
もしこれ(さっきの状況)であの猫がいなかったら(条件)、僕はこの石炭を全部一人で手に入れていたのに(帰結)。
条件節をwennで始めた場合:
Wenn das mit der Katze nicht gewesen wäre,...
文脈で条件が判断できる場合、条件を言わないことが多い。
Und wir hätten ein ganzes Abendessen damit kochen können.
そして(もしこの石炭を一人で全部手に入れていたなら:省略された条件)、僕たちはそれで夕飯まるまる調理できただろうに(帰結)。
(Wenn sie fragen mögen hätte,)
(もし母が尋ねたいと思ったなら:省略された条件)
Meinetwegen hätte sie schon fragen können.
僕に対しては、母はさっさと尋ねることができたのに(帰結)。
II式を用いた婉曲話法(外交話法)
依頼
Könnten Sie mir vielleicht helfen?
Dürfte ich Sie bitten, mir zu helfen?
欲求
Ich möchte gern spazierengehen.
Ich hätte gern eine Tasse Kaffee trinken.
Ich hätte gern ein Autogramm von Sat.1-Moderatoren oder von Darstellern aus den Sat.1 Serien...
Sat.1の司会者またはSat.1のシリーズ出演者の方のサインがほしいのですが...(Sat.1:テレビ番組名)
提案
Wie wäre es, wenn wir zum Vergnügungspark fahren?
I式を用いた要求話法
願望
Gott sei Dank! 「ありがたや」(神に感謝あれ
Gott segne dich! 祝福がありますように。
Die Macht sei mit dir! フォースが共にありますように。
Lang lebe die Revolution! 革命万歳!
とりきめ
Damit sei dei Sache vergessen!
これでこの件はなかったことにしよう。
A sei 3, B sei 7.
Aを3とし、Bを7とする。
成句化した要求話法
sei es A oder B/ sei es daß A, sei es daß B...
wie dem auch sei
es sei denn, daß...
「接続法 Konjunktiv」の「接続」とは「非現実を現実の発話に接続する」という意味で、話者が述べる事柄が話者自身の本来当然と考えることと異なるという仮設を動詞の活用によって表している。I式は主に間接話法に用いられ伝聞を表す。II式は仮定話法に用いられ、非現実の内容を想定するのに用いる。
I式:語幹にe+人称変化語尾 *一人称単数と三人称単数は語尾なし
II式:過去基本形(語幹にteをつける)にI式と同じ語尾。語幹の母音がウムラウトできればウムラウトする。
仮定話法(約束話法・非現実話法とも)
一般に、接続法II式を用いた仮定話法の文は、「wenn(もしも~なら)」で始まる条件節とその帰結「~だったろうに」を意味する帰結節の二つひと組で成る。どちらの節の動詞もII式を用いる。
Wenn ich mehr Geld hätte, wäre ich glücklich.
Wenn ich Zeit hätte, ginge ich ins Theater.
動詞の倒置でwennで始まる条件節を代用することができる。
Wäre das mit der Katze nicht gewesen, hätte ich sie alle allein gekriegt.
もしこれ(さっきの状況)であの猫がいなかったら(条件)、僕はこの石炭を全部一人で手に入れていたのに(帰結)。
条件節をwennで始めた場合:
Wenn das mit der Katze nicht gewesen wäre,...
文脈で条件が判断できる場合、条件を言わないことが多い。
Und wir hätten ein ganzes Abendessen damit kochen können.
そして(もしこの石炭を一人で全部手に入れていたなら:省略された条件)、僕たちはそれで夕飯まるまる調理できただろうに(帰結)。
(Wenn sie fragen mögen hätte,)
(もし母が尋ねたいと思ったなら:省略された条件)
Meinetwegen hätte sie schon fragen können.
僕に対しては、母はさっさと尋ねることができたのに(帰結)。
II式を用いた婉曲話法(外交話法)
依頼
Könnten Sie mir vielleicht helfen?
Dürfte ich Sie bitten, mir zu helfen?
欲求
Ich möchte gern spazierengehen.
Ich hätte gern eine Tasse Kaffee trinken.
Ich hätte gern ein Autogramm von Sat.1-Moderatoren oder von Darstellern aus den Sat.1 Serien...
Sat.1の司会者またはSat.1のシリーズ出演者の方のサインがほしいのですが...(Sat.1:テレビ番組名)
提案
Wie wäre es, wenn wir zum Vergnügungspark fahren?
I式を用いた要求話法
願望
Gott sei Dank! 「ありがたや」(神に感謝あれ
Gott segne dich! 祝福がありますように。
Die Macht sei mit dir! フォースが共にありますように。
Lang lebe die Revolution! 革命万歳!
とりきめ
Damit sei dei Sache vergessen!
これでこの件はなかったことにしよう。
A sei 3, B sei 7.
Aを3とし、Bを7とする。
成句化した要求話法
sei es A oder B/ sei es daß A, sei es daß B...
wie dem auch sei
es sei denn, daß...
Donnerstag, Mai 06, 2010
没エントリ供養
俺は今猛烈に感動しているッ!宇宙は可能な限り善く作られているッ!(宗教post
アラサーホイホイなアニメとか特撮とかが放送されていた時期は、僕は毎日長時間塾通いだったのでまったくテレビを観る機会がなかった。そのため、この年になって当時の放送を懐かしむ会話とかブログのエントリとかを見てもなんとなく内容がわかる程度でしかない。オタクになりそこねたのである。
Dienstag, Mai 04, 2010
エルスチールの言葉
その若い頃のある時期に、あとで思いだしても不愉快な、できることならそんな思い出を記憶から消し去ってしまいたいと思う言葉を口にしたり、あるいはそんな生活を送ったりしなかった人は、一人もいませんね。だがそれは絶対に後悔すべきものではないのです。なぜなら賢人になったといっても、そうおいそれとはなれなかったので、まず自分があらゆる笑うべきもの、いとうべきものに化肉するという筋道をふんでからでなくては、そんな最後の化肉はとげられなかったからです。
彼らはおそらく、生活をふりかえって、そこから切り捨てなくてはならないものは何も無いでしょう。彼らは自分が発言したことをなんでも公表し、それに太鼓判をおすことができるでしょう。しかし、そのじつは、彼らは精神の貧しい人たちです。つまり理屈屋の無力な子孫であり、その賢明さは消極的で不毛です。
----『失われた時を求めて』 3-295
Montag, April 26, 2010
Zitate
“Exigua pars est vitae qua vivimus. Ceterum quidem omne spatium non vita sed tempus est.”
De brevitate vitae, II 2
Ein kleiner Teil des Lebens ist es, während dessen wir leben. Die übrige Spanne insgesamt allerdings ist nicht Leben, sondern einfach Zeit.
Es gibt kaum Menschen, die sich nicht ihrer Liebe schämen, wenn sie sich nicht mehr lieben.
La Rochefoucauld
La Rochefoucauld
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