さても是非なき風情なり・ 景清は身をもだえ、泣けど叫べど甲斐ぞなき・
神や仏はなき世かの。さりとては許してくれよ・やれ兄弟よ、我が妻よ
と、鬼をあざむく景清も・スヱテ声を上げてぞ泣きゐたり・
なう、もはや長らへて何方へ帰らうぞ・やれ子供よ、母が誤りたればこそ、かく詫び言いたせども・つれなき父御の言葉を聞いたか・親や夫に敵と思はれ、おぬしらとても生き甲斐なし・このうへは父親持つたと思ふな。母ばかりが子なるぞや・自らも長らへて非道のうき名流さんこと、未来をかけて情けなや・いざもろともに死出の山にて言訳せよ・いかに景清殿・わらはが心底これまでなり
それではもはやこれ以上生きてどこへ帰ろうか。ああ我が子よ、母は過ちを犯したからこうやってお詫びしたのに情けない父上のお言葉を聞いたでしょうか。親や夫に敵と思われてはお前たちも生きていても仕方がありません。この上は父親を持ったと思わないでおくれ。お前たちはこの母だけの子です。私だって生き延びて非道者と噂されるのは将来に渡って情けないことです。さあ、一緒に死んで地獄で申し開き致しましょう。さあ景清殿、私の気持ちを述べるのもこれで最後です。
と・弥石を引き寄せ、守り刀をずはと抜き・
南無阿弥陀仏
と刺し通せば、弥若驚き、声を立て・
いやいや我は母さまの子ではなし・父上、助け給へや
と・牢の格子へ顔をさし入れさし入れ逃げ歩(あり)く・
エゝ卑怯なり
と引き寄すれば、
わつ
と言うて手を合せ・
許してたべ。堪(こら)へてたべ・明日からはおとなしう月代(さかやき)も剃(そ)り申さん・灸(やいと)をもすゑませう・さても邪見(じやけん)の母上さまや・助けてたべ、父上さま
と、スヱテ息をはかりに泣きわめく・
オオ理りよ。さりながら・殺す母は殺さいで、助くる父御(ちちご) の殺さるゝぞ・あれ見よ。兄もおとなしう死したれば・おことや母も死なでは父への言訳なし・いとしい者よ、よう聞け
と・勧め給へば、聞き入れて、
あ、それならば死にませう・父上さらば
と言ひ捨てて・兄が死骸(しがい)に寄りかゝり、打ち仰(あふ)のきし顔を見て、いづくに刀を立つべきぞと・阿古屋は目もくれ、手もなえて、フシまろび・伏して嘆きしが・
エヽ今はかなふまじ。必ず前世(ぜんぜ)の約束と思ひ、母ばし恨むるな・おつつけ行(ゆ)くぞ。南無阿弥陀
と、心もとを刺し通し・
さあ今は恨みを晴らし給へ。迎へ給へ。御仏(みほとけ)
と・刀を咽(のど)に押し当て、兄弟が死骸の上にかつばと伏し・共に空しくなり給ふ、フシさても是非なき風情なり・ 景清は身をもだえ、泣けど叫べど甲斐ぞなき・
神や仏はなき世かの。さりとては許してくれよ・やれ兄弟よ、我が妻よ
と、鬼をあざむく景清も・スヱテ声を上げてぞ泣きゐたり・
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